聡明なるラブソング

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「愛とは… なんとも不格好なものじゃないだろうか」 知的な双眸を夕の日に晒しながら、男は口を開いた。 「もちろん概念状のモノだから物理的な形は無い。 しかし、私は思うのだ」 唐突に放られた独り言のようなその言葉を耳に受けた白い肌の女は、皮表紙の本に灰色の紐を栞に刺して立ち上がった。 「愛とは他に対する慈しみの感情で、常に他に対して起こるものだ。 だが、私はここに不格好だと主張するにいたる歪みがあると考える」 背後に女の動く気配を感じながらも男は構わずにどこか気怠げな仕草で太陽から目を逸らし、男の視線は室内に移る。 「他に対する感情だとしても発生は自身の中だ。 ここで考えてみてほしい、自身の中で発生する感情はどんなものだろうか?」 男の視線を追って、女は食器棚のある部屋の一角へ静かに動き出した。 「そう、喜怒哀楽、それらは全て自身に対するものだ」 開け放たれた窓から大量の夕日が取り込まれる。男はその縁にもたれかかった。口調は変わらずに平坦だ。 「愛というものが、特別なのだろうか?いや、違う。愛も他の感情と同じく自身に対するものなのだ」 白く細い女の手で食器棚から取り出された硝子細工の施された水差しは、取り込まれた光と内包する水が混ざり合い乱反射を起こした。 「見方を変えれば愛などエゴイズムでしかない。しかしそこまでなら、たいして不格好でもなんでもない」 乱反射が目に入ったからかどうかは定かでは無いが、男は若干弱くなった夕日を取り込む窓の縁から身体を離して向き合った椅子の方へ向かった。 「だが、愛は唯のエゴイズムでしかないというのに人々はそれを半ば神聖なものであるかのように語る」 移動をしながらも言葉の羅列は続く。白い手を伸ばして水差しと同じ装飾が施されたグラスを一つ取り出すと、女は男が座る向かいの椅子まで歩いていき、腰を下ろした。 「全く疑いもせずに、だ。 これを不格好と言わずに何と言うのだろうか? 私は君の意見を聞きたい」 その言葉に対して女は柔らかい微笑み瞳に浮かべ、形の良い唇からとても、とても優しい声でこう言った。    「中二病思考乙」
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