第一章

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言ってから、失言かな?と思った。 これではまるで、冷やかしに来たような(ようなではなく、実際冷やかしだが)言い方だった。 しかしその人の反応は怒るでもなく、笑っていた。 「いいえ。きっかけ、動機などはどうであれ、貴方はこの空間を見つけ、中に入った。それだけで、私にとっては貴方はお客様。 稀にしかこないお客様に手ぶらで帰らせる事は、私のプライドに反します。 どうか、望みを言っていただきたい。それを叶える知識の詰まった書を差し上げましょう。」 差し上げる……だと? それでは、その人に利益はないじゃないか。 そう思ったところで、その人が言っていた言葉を思い出した。『条件付きで、望む本を与える』確かにそんなことを言っていた。 じゃあその条件とは………なん「私を楽しませる事ですよ。」 「…え?」 「こんな事をしていると、日々が単調でつまらないときが多いんですよ。そんな中、貴方達が語るエピソードはとても楽しい。本の収集よりもずっとね。」 そう言った顔には笑みが浮かんでいた。しかしそこはかとなく、寂しさも浮かんでいて…… 「まさか貴方は………この世界で……」 「その先は言わない事にしましょう。」 そして、その人は気恥ずかしそうに肩を竦めた。 それでこの話は終わりのように、それで悲しみから逃れるように。 「それでは…………」 自分が欲しい種類の本を口にすると、その人は予想外だったのか少しだけぽかんとして、それから「今日はお客様に驚かされてばかりですね。」 と苦笑した。 「こちらこそ、貴方どころか全てに驚かされてますよ。」 とその人のように肩を竦めた。その人は楽しげな様子だった。 「それでは、これが貴方が望むものが書かれた本です。」 差し出された本は、たいして珍しくもないどこにでもあるような本だった。 俺はその本を手に、その世界を後にした。 必ずエピソードを話しに来ます。と約束して。
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