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ピアノの旋律に乗って自然と動いている自分の体を意識しながら、翠は目を閉じた。
引いては寄せる波…そんなものが体の中に流れ込んでくる。一つひとつの音が絡み合って何かを形成していくような…そんな感じがする。
この小さな部屋に響き渡るグランドピアノの音色が、やがてピークに達した。
…と思った瞬間、戦闘機の強烈な轟音にピアノの音がかき消された。地鳴りがし、窓ガラスが激しく振動して嫌な音を立てる。
「……ちょっと休もうか」
翠はその言葉にようやく我に返った。ピアノのキーに手を置いたまま、飛鷹薫はため息をついた。
戦闘機が離陸して、暗い空へ飛び上がっていくのが窓から見えた。
「どしゃ降りなのに…」
じとじとして、座っているだけで汗ばんでくる。その上今日は朝から雨が降り続けていた。
時計が四時を指して、鐘が四回鳴った。翠はあどけない笑顔で飛行機雲を目で追っている。そんな姿を見て、薫も思わず笑みがこぼれた。
「戦闘機、そんなに珍しいか?」
「ううん、違う。こんな日に飛ぶなんて変だなって」
「…そういえば、そうだな」
二人並んで、窓から戦闘機を見送った。黒い雲の中へ突っ込んでいくそれが、米粒ほどに小さくなって見えなくなった。
(また…始まるのか?)
薫はそう思いながら再びピアノに向かった。翠は戦闘機が見えなくなっても、窓にへばりつくように空を見上げていた。
ピアノがまた生き物のように歌い出した。
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