その始まり

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  ──翠…?おい、翠! 翠はハッと我に返った。 薫が心配そうな表情で、翠の顔を覗き込んでいた。 翠はピアノの傍の椅子に座っていた。手が汗ばんでいる。心臓が高鳴るほど、息を殺していたらしかった。 時計が午後五時を指して鐘が五回鳴った。 「どうした?顔色悪いぞ」 夏の陽はまだ高く、直射日光が頭に当たっていて、くらくらした。 「大丈夫。…なんでもないよ」 「本当か?…最近変だよ、お前。ちょっと目を離すとぼーっとして。考え事か?」 見透かさせているように思えて、翠は返事もできずにうつ向いた。 強い陽射しが赤みを帯びて部屋の中に立ち込めた。時計の秒針の音がやけに大きく感じた。 薫は翠の様子を気にしながら、黙ってピアノを弾き始めた。 今度は軽快なリズムの即興ジャズ。指が滑らかにキーを叩いていく… 『実は…俺が殺したんだ。学校の教師や生徒も…』 あの時、薫は空き教室でそう言った。 体育祭の日は目の前で友人がバタバタと倒れていった。学校祭では機器類が全てイカれてしまい、何もかも台無しになった。 表沙汰にされてはいないが、死傷者もかなり出ていた。それは目の前で起こったのだから。翠はよくわかっている。 しかし、翠は薫に同情した。何故なのかはよくわからない。ただ、薫の強烈な程に自分の運命に絶望していることだけは感じ取れたのだ。  
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