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宵闇を染め上げたのは、橙。
いつの間にか家全体に炎は広がっていた。揺らめきながら至る所から新たに吹き出す炎からの熱が、頬をチリチリと焦がす。
消防車はまだきていない。手作業で少しでも消そうと水を撒いているが、火の勢いが強く、全く弱まらない。むしろ作業する側が危険な勢いで炎が大きくなっている。
「放火かしら」
サイレンや炎の音や声やで夜だというのに周囲は騒がしい。野次馬の中からちらほらそんな意味のこえが聞こえた。
一等に近かったサイレンの音が間近でとまって、消防車が一台家の前で慌ただしく消火の準備をする。
「危ないっ」
鋭い声と共に誰かに後ろに引かれた。大きな火の粉が地面に落ちて消えていく。
どさっと大きなものが落ちるおとがした。今度は更に大きな火の粉が、家の程近くに落ちていた。火のなかで不規則に動く暗い影から私は目が離せない。
銀色の服を着た消防士が数人駆け寄って、家から離れさせる。程なく炎は消えて、燃えていた影は救急車に乗せられた。
動かなきゃと頭は命令する。いくらでもすることはあるだろう。消火している人にこの家の娘だといって、誰がいたかを伝えて、救急車に乗せてもらう。しかし実際の私は食い入るように家が燃えるのを見るだけだった。引っ張られたり押されれば動くのに、自ら動くことができない。
私の身体は蝋にでもなってしまったのだ。この熱で溶けてしまったから動かない。
動かなきゃ。せめて誰が中にいたか位は言わなきゃ。
思考だけがぐるぐる回る。
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