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動揺を見せた私に気づいたのか気づいていないのか、先生は「さぁ?」といつもの調子でクスリと笑う。
だけど、それはいつもと違うように見えた。
切なさが、あるような気がする。
恋した人を思い出しているのだろうか。
私と同年代の?
この大学内に居るかもしれない人?
そんな身近な人を、目の前にいる掴み所のない大人のこの人は、好きになるのだろうか。
年上の美人、なんて漠然としたものを思い浮かべるよりもリアルで、複雑な気持ちが押し寄せる。
「今も好きなんですか?もしかして彼女、とか」
今まで自分の話ばかりで市ノ瀬先生のことなんて聞いたことがなかった。
恋人はいないと言っていたけれどもしそれが嘘なら。
「あはは、違うよ。そんな人いない」
「だって今…!」
嘘は吐かれたくなかった。
他の人よりも近づけた関係の中で嘘はまたそれを遠くするものだから。
「大人になると、恋を始めるのにも冷静なんだよ」
授業中と同じように作った笑顔で、淹れてくれたコーヒーを目の前に置かれるが、どうしてもそれに手が伸ばせなかった。
例え嘘だろうと本気だろうと、その言葉の意味がよく分からずに、先生との距離の遠さを実感した。
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