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「珠、珠起きろ」
総兄の声。
帰ってきたんだ。
嬉しさに目が覚める。
「総兄、おかえり。」
いや、そこはおはようだろう、と総は思ったが珠がこの調子なのはいつものことなので何も言わない。
「ただいま、飯にするぞ」
コクリと珠はうなずき、
総によってかけられていた布団もどきの布切れをたたんでから、総の用意したご飯を食べる。
総は男にもかかわらず家事がうまい。珠より、とは言わないが人並みにできる。
10年前、家が焼かれたあの日から珠を一人で育ててきたのはほかならぬ総である。
珠はそのころまだ6歳、家事もまだ拙かった。
当然総も家事をやることになるわけである。
「総兄、町、行きたい」
珠は町が好きだった。
いや、人が好きだった。
どれだけ虐げられようと、騙されようと、人という生き物が好きなのだ。
よって珠が人に危害を加えることはほとんどないと言っていい。
鬼ということを隠して町に出ることは案外、簡単である。
隠し通すことが難しいのだ。
珠も16。髪は長い。
尖った耳を隠すように髪を結い、尖った犬歯を見せぬようにうつむき、決して笑わなければいい。
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