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しかし風が強い日には髪が乱れて耳が見える可能性など危険ではある。
だから珠が待ちに出るときは細心の注意を払っているのだ。
そのおかげか、この町に来てから、珠が鬼ということはバレていない。
「町、か。風も今日は強くないし、いいぞ。
甘味処でも行くか?」
珠はうれしそうにコクリとうなづいた。
食べ終わった器を片付ける珠の後姿は、町に出れる喜びがにじみ出ていた。
「いいか珠、手を離すなよ。」
この注意は町に出るたびに言うことで耳にタコができるほどである。
総は珠の手をとって町のはずれから歩き出した。
手をとっていると恋仲のように思われることが多々ある。
義理兄妹のため顔は似ていないので余計である。
がしかしそれは総たちにとっては好都合なのだ。
耳を隠したり、珠を庇うときに抱きしめても違和感がないからだ。
不審に思われずにすごすことができる。
何も話すこともなく甘味処に着いた。
珠も総も沈黙は嫌いではない。
珠は歯が見えるから街中ではしゃべれないが。
売り子に団子をふたつ頼む。
席に座るとき、珠を内側にして座る。
これはもう無意識のうちに総はやっている。
こうして団子を食べ、平和に家に帰るつもりだった。
事が起こったのは総が厠に行ったときだった。
「1人?俺たちと酒飲みに行かない?」
道を歩いていた浪士3人組のうちの1人が珠に話しかけたのだ。
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