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それから約一時間程して樹央は、先程のマンションの三階に在る自宅でシャワーを浴びていた。
外気の湿気と自身の汗でべたついた肌を暖かなお湯が綺麗に洗い流してくれる感触をその身に感じながらも、考えるのは自分の置かれた環境、変えられぬ現実。
父親で在った男は樹央が十歳のときに、妻とは別の女を造り家を出て行った。
樹央の母──早苗(サナエ)は殆どこのマンションには帰らず、たまに自室から服や仕事の書類等を取りに来る以外は何をしているのかさえ判らない状態だ。
毎月、家賃や食費やらの仕送りが有るので完全に忘れ去られているわけでは無いのだろうが、4LDKの部屋は樹央一人で暮らすにはどうも広過ぎる。
分かっている。
幾ら考えてもどうにもならない事を。
それら総ての原因が自分に有る事も。
分かっているんだ……。
それでも、考えてしまう。
こんな能力さえ無かったらと……
《サイコメトリー》
強く思い描かれた人の想い【残留思念】を、その手で触れ、詠み取り、視る事の出来る超能力
それこそが樹央が両親から──少なくとも父だった男からは──忌み、嫌われている理由。
今でこそ制禦(コントロール)出来るものの、
幼い頃の樹央はその“視えるモノ”の意味を理解出来ず、視えるモノを視えたままに口にしていた。
ただ、それだけの事が如何に奇妙なのか、今なら容易に理解出来るのに……。
「止めよう」
いつまでも低回する思考を断ち切ろうと、自分自身に言い聞かせる様に呟くとシャワーを切り上げて浴室を後にする。
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