10059人が本棚に入れています
本棚に追加
――ハァ…ッハァ…ッ
少年は手を引かれ、ただただ紅い暗闇の中を走っていた。
目の前には母が、その先には父が、まるで逃げるように、そこから一刻も早く離れるために、三人は走っていた。
自分達がついこの間まで住んでいた屋敷は、燃えた。
後ろを一瞥しても、屋敷はもう見る影もない。
全部、燃えた。
周りは瓦礫と火の海に囲まれ、熱気で汗が滴り、呼吸をするたび肺を灼く。
鉄臭い匂いと煙が鼻をつく。
逆巻く炎が夜の闇を照らす。
少年には何から逃げているのかわからなかった。
暗闇からか。
火の手からか。
それとも後ろから追ってくるいくつもの影からか。
「ねえ母さん、どこに行くの?」
少年は手を引く母に問う。
母親は一度こちらを向き、微笑みながら言った。
「私達が、自由でいられる所よ」
そう言った母親は、再び少年の手を硬く握り締めた。
少年はその言葉を聞いて同じような笑顔になる。
自由を目指し、彼らは強く、強く地を蹴った。
しかし父親の表情は、後ろの二人とは違い、険しかった。
後ろから自分達を迫う影の数はだんだんと増えているのだ。
携えた刀二本では払いきれないほどに大きく、大きく、影は質量を増していた。
このままでは…。
その時、少年ががくりと膝をついた。
「響…!」
母親が慌てて駆け寄り再び手を引いて走りだそうにも少年の足に力が入らない。
まわりの炎に酸素を奪われ、少年の小さな体に限界が来ていたのだ。
脚はがくがくと震え、呼吸が浅い。
「さ、先に、行って…あとから、行くから…」
少年は胸元を抑え、呼吸を整えながらそう言うと、母の手を押しのけた。
その言葉に、母親は大粒の涙をこぼしながら、己の我が子を腕に抱く。
「愛しい坊や…誰があなた一人を置いていくものですか…」
二人は絆を確かめ合うように強く、強く抱きしめあった。
それでも影は無情にも数を増やしながら迫りくる。
炎の蜃気楼に揺らぎながらもはっきりと、その姿が見えてきていた。
父親は意を決したような顔つきになり、二本の刀を二人に預け、庇うように影と対峙する。
最初のコメントを投稿しよう!