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「…二人とも、これを持って先に行け」
「そんな…無理よ!
あんな数とてもあなた一人じゃ…!」
「『あれ』を使えば、…少なくとも数分はもつだろう。
その間に森を抜けろ、紅い布が巻かれた木が目印だ、そこに手引きのものがいる…お前たちは先に行って待ってろ」
「でも、…貴方はまだ…!!」
「響を俺たちと同じ目に遭わせる気か!!!
俺に構うな、いいから行けえっ!!!」
父親の怒号が辺りに響く。
母親は肩をびくつかせ、歯を食いしばりながらも、我が子を抱えてその場から逃げるために走り出した。
「父さん…!」
響が母親の背中越しに見たのは迫る影を迎え討とうとする父親の姿だった。
辺りを飲み込もうとする灼熱の中、父は腰のバッグから”何か”を取り出し、それを高々と掲げた。
不意に一度、二人が去った方向をを一瞥し、笑みを浮かべる。
その目には、決意が込められていた。
「これでいい…」
二人とも、どうか無事で。
眼前の敵に向き直り、父はその”何か”を右腕に勢い良く突き立てる。
「うぉぉぉおああああああああぁあああぁあああ!!!!」
どこからともなく聞こえたのは獣のような咆哮(ホウコウ)
響が見つめる先の暗闇の中、炎に照らされた父親の体は、鈍い音を立てながら変化していくのがわかる。
そのシルエットは、不規則に形を変え、髪が全身を覆い、腰から延びる様に尻尾がしなる。
右腕からぼんやりと青く光る何かが、血管を伝い、枝葉のように全身に広がっていく。
父親の姿は、もはや人間のそれではなかった。
「とうさ───……」
背中越しに呼んだ声は、自身の体が変化する音に掻き消され、父親に届く事はなかった。
響は母親に抱かれながら、遠ざかるその姿を目に焼き付ける。
自分達を守るために戦う、父の背中を…
しばらく走り続け、二人は木々が生い茂る森についた。
ここがどこかもわからない。
暗い木々の間を闇雲に走り続け、あの場所から遠く離れた所まできていた。
ただ一人、父親だけをあの燃え盛る場所に残して。
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