10059人が本棚に入れています
本棚に追加
「…っ!あなた…!」
そこにいたのは、返り血か、自分の血かはわからないが、全身をべっとりと紅く染めた父親が、ぼんやりと虚空を見つめて佇んでいた。
母は刀を捨て、父親に駆け寄った。
響も父親の無事な姿に安堵する。
父さんは悪い奴らをやっつけてきたんだ!
父さんはやっぱり強い!
そんな高揚感が体の中にあふれるのを感じながら、響も遅れて父親の元に駆け寄ろうと足を踏み出した。
母は父親の胸に飛び込み、血が付くのもお構いなしに抱きしめた。
「ああ!ああ!よかった!無事だったのねあな」
「――――。」
「…え…?」
父親がなにかを呟いた途端、耳慣れない生々しい音が、脊髄に、脳に響く。
母親は視線を胸元に向けると、父親の腕が、自分の心臓を貫いている事に気付いた。
背中から突き出る腕から、母親の赤い赤い命が滴る。
それは母の服を赤黒く染め上げ、地面に溜まっていく。
その残酷な光景は、今まさに駆け寄らんとしていた響の目にも、しっかりと映った。
「ど…して…」
疑問を投げ掛けると共に母親の目から涙があふれる。
喉の奥からせりあがる血液が、彼女の口から滝のように零れ落ちた。
父親の目はうつろにそれを見つめる。
何の感情もなく、無機質に。
しかし母親にはそれが、別の様に見えていたのか、震える手で力なく、父親の頬に触れた。
「…そっか…そうだね、ごめん、ね…、あなた…」
…もう、疲れたね…。
そう呟いた母の目から光が失せ、手がだらりと落ちる。
左手にはめていたシルバーの指輪が血で濡れた指から抜け、二人の足元にできた紅い湖に沈む。
それは、母の絶命を物語っていた。
最初のコメントを投稿しよう!