蒼碧の森-Raggi di prinavera-

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柔らかな光を受け、新緑がその青々とした生命力を見せる頃、一つの幸せな家族がその短い自然の時間を愉しんでいた。 新たな生命をその身に宿したサイカと走ることを憶えて間もないエルトシャン、そしてその傍らにはセツナがいる。 ここにアガレスはいない、このところの彼は多忙なのだ。 セツナはそんなアガレスに代わり、身重のサイカと幼いエルトシャンを守っている。 しかしそこには主従関係というよりは、一つの温かな家族関係が存在していた。 「ほぅ?セツナには姉がおるのか?」 「はい、姉とは幼い頃に生き別れまして…いつか会えると良いのですが、名前はクオンと…特徴は私と似てはいるのですが、左が赤色…右が金色で左右の瞳の色が違うのです」 控えめに笑いながら話すセツナを暫らく見つめていたサイカだったが、『クオン』という名前を耳にして「…え?」と小さな声を上げる。 その小さな声に含まれた意味がセツナに伝わったのか、エルトシャンを抱きしめていた手に力が僅かに籠もった様子だった。 「まさか……何かご存知なのですか?」 淡い期待は絶望への更なる罠、そう知っていてもセツナはその淡いものを止めることが出来なかった。 僅かな沈黙がとても痛い、セツナは涼しげなその瞳に痛みを映し始めていた。 サイカは静かな声で、「偶然やもしれぬが…」と前置きする。 「聖龍の忍…朧衆の上忍に、そなたの姉と同じ名を持つものがおる。私もよぅ世話になった、ただ…朧衆の上忍ともなれば主以外のものにその正体を明かさぬ。クオンの主であるサイガはその正体を知っておるのだが……うぅむ」 偶然の一致にしては出来すぎているような、それともこうなる運命であったのか。 もしこの偶然の一致が織り成す運命が必然であったら、きっとそれはなるべくしてそうなっていたのだということだろう。 サイカがアガレスに運命を感じたように、それはきっと偶然の中にひっそりと身を隠す必然の二文字なのだろう。 「ありがとうございます。…いつかその方にお会いできることを愉しみに待っておりますよ。今は…難しいでしょう」 セツナはようやくその手から力を抜き、駆け回りたいエルトシャンを自由にした。 元気に草原を駆け回る我が子の姿を見つめながら、サイカは「不可能なことなど、きっとないのだ…要はやるかやらないかであろう」と考えていた。 この日の静かな夜に、サイカは文を一つ…聖龍族のサイガへ初めて宛てた。
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