蒼碧の森-Raggi di prinavera-

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天上から降り注ぐ柔らかく美しい光、それは時に女性として例えられることもあるもの。 白銀にも似た薄く黄色い綺羅を纏うそれは、月。 サイカは故郷で見る月も好きだったが、新しい家族を築き上げたこの屋敷で見る月も、サイカには格別の心地だった。 「アガレス、そなたも食わぬか?」 お月見の団子を器に載せて、サイカは月の優しさにも負けぬ光をアガレスへ向ける。 しかしアガレス…獣牙族には『お月見』という習慣もなければ、『団子』という食べ物を見たこともない。 愛しい我が子は怖れもなく、『団子』という名の白くて丸い菓子に手を伸ばす。 その隣ではセツナもいて、アガレスと同様に『団子』を不思議そうに見つつも、好奇心で口へ放り込んで…幸せそうな顔をする。 どうやら美味しいようだ、アガレスがそう納得した時、グッと口の中へ何かが押し込まれた。 口元から辿ればそれは美しく白い手、藍を基調にした衣、そして愛しい妻の悪戯っぽい顔。 「美味かえ?」 答えるにはまず口の中にある『団子』を咀嚼し、飲み下さねばならない。 アガレスはほんのりと甘い味を口の中に感じながら、別の感覚に引っかかる何かに意識を持って行かれて、天上の月を睨むようにして見上げる。 何がどうしたのだろう、サイカは夫の横顔を見上げる。 「そこにいるのは誰だ、セツナと近いが違うものよ」 その言葉を聞いて真っ先に警戒を見せたのはセツナで、事態を把握できるはずもないエルトシャンを抱き寄せて守ろうとする。 程なくして音もなく一人の美しい女性が姿を現した、その身に纏っているものは忍び装束。 姿を現すやいなやその場に片膝をつき、必死の様子で言葉を紡いだ。 「お久しゅうございます、姫様。我が名はクオン、主であるサイガ様の命により…この場へ参上いたしました。正体を晒すというこの無礼をお許し下さいませ」 深く頭を垂れるクオンの側へ歩み寄り、サイカはその顔を上げさせると微笑みを浮かべる。 その微笑みに見惚れてしまった自分を誤魔化すように、アガレスは器へ手を伸ばして仄かに甘い団子を口へ運び、今度こそ味わいながら愛しい妻の声を聞いていた。 「よう来たの、待っておったえ?クオンよ」
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