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それは明け方のことだ。
直ぐ傍にあった熱が不意に消えて、そのことでサイカは目を醒ました。
自分を強く抱いていたあの腕がどうして離れたのか、サイカはその理由を知ろうと独特の気だるさに支配された体を起こす。
最初にサイカの鼻腔を擽った香りは良いものではなかった、余りの気持ち悪さに眉間へ皺を寄せてしまうほどだ。
それが何の香りなのか、サイカは初めてのことでわからなかった。
わからなかったが何故か不安が胸を過ぎる、どうしてそう想ったのかそれもサイカにはわからなかったがそれをどうにかしたいと想って、香りのする方へ視線を向ける。
そこには男が一人、その逞しい体躯を血に染めて立っていた。
そんな男の足元には腕が一本…少し離れたところに肉の塊のようなもの、そしてまだビクビクと震えている臓腑の一つがあった。
これが…これがアガレス、獣卿とも煉獄卿とも呼ばれる狂喜と殺戮を好む…男の所業か。
「…起きてしまったか」
本当に短い言葉だ、しかしその言葉の中に深い悲しみと…後悔にも似た何かを感じて、サイカは寝台から飛び出ていた。
あれほど肌を晒すことを恥じていたサイカが、一糸纏わぬ姿で危なげな足取りで駆け出す。
そしてそのままアガレスの腕の中へ飛び込むように抱きついて、その白く美しい肌がアガレスの浴びた返り血で紅く染まっていく。
「やめよ、血の匂いがつくと…取れん」
「そなたがなんと申されようと…私はやめぬ」
返り血を浴びたアガレスの頬を震える手で撫でて、それでもサイカはしっかりとアガレスの瞳を見つめていた。
「酔狂だ、…お前という女は」
ほんの少し嗄れたアガレスの声が呟くように言って、サイカの華奢な体をまさに壊れ物を扱うように優しく抱きしめる。
「サイカだ、そう呼んでくれ…アガレス」
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