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自分の意思など関係なく、自分はこの男へこの身も心も捧げなければならないのだ。
そうしなければならない、そうするべきなのだ。
王族として生まれた以上、国を守ることをその身に課せられる。
その運命からは逃れられない、和睦の為にはそれが最良の選択なのだ。
きっと自分はこの男を愛することはないだろう。
そう考えていた。
でもそれは違っていたのだと気づかされる。
初めて出逢ったのは婚礼の日、どこか寂しげな瞳が気になった。
初めて身体を任せた夜、その腕の優しさに安堵した。
そして…空が黎明を告げる頃、孤独な声を聞いた。
心が揺さぶられ、そうして気が付いた。
『きっと運命というものがあるなら、この男は自分にとって運命そのものなのだろう』と…
今、その男はソファにゆったりと腰を下ろしている。
ふ……とそちらへ目を向ける、獣牙族特有の瞳が眠そうにしていた。
噂とは当てにならない、サイカは小さく笑い…そしてアガレスに寄り添って座る。
ほんの少しアガレスの尻尾がうねる、それでも相変わらずアガレスは眠そうだ。
「明け方から寝ておらぬのだろう?流石に白昼堂々とは来るまいて…眠ってはどうだ?」
「雨は嫌いだ」
全く違う答えが返ってくる、初めは自己中心的だと思ったサイカだったが幾度か話すうち、それがアガレス特有の癖なのだと気づき始めていた。
沈黙が続く、どちらが先にこの静寂を破るのだろうか。
何となくサイカは窓の外を見た、確かに雨が降っている。
その音はとても静かで、サイカの耳に雨音は僅かも届かない。
直ぐ側で違う音が微かに届き、サイカはそちらへ目をやった。
ゆっくりと上下する胸部、すっかり閉じてしまった瞳。
「雨の日は眠くなるということかえ、アガレス?」
返事の代わりは心地良さそうな寝息、無意識にサイカは微笑んでいた。
愛しいという言葉が似合う、そんな瞳で…
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