蒼碧の森-Raggi di prinavera-

5/33
前へ
/33ページ
次へ
自分の意思など関係なく、自分はこの男へこの身も心も捧げなければならないのだ。 そうしなければならない、そうするべきなのだ。 王族として生まれた以上、国を守ることをその身に課せられる。 その運命からは逃れられない、和睦の為にはそれが最良の選択なのだ。 きっと自分はこの男を愛することはないだろう。 そう考えていた。 でもそれは違っていたのだと気づかされる。 初めて出逢ったのは婚礼の日、どこか寂しげな瞳が気になった。 初めて身体を任せた夜、その腕の優しさに安堵した。 そして…空が黎明を告げる頃、孤独な声を聞いた。 心が揺さぶられ、そうして気が付いた。 『きっと運命というものがあるなら、この男は自分にとって運命そのものなのだろう』と… 今、その男はソファにゆったりと腰を下ろしている。 ふ……とそちらへ目を向ける、獣牙族特有の瞳が眠そうにしていた。 噂とは当てにならない、サイカは小さく笑い…そしてアガレスに寄り添って座る。 ほんの少しアガレスの尻尾がうねる、それでも相変わらずアガレスは眠そうだ。 「明け方から寝ておらぬのだろう?流石に白昼堂々とは来るまいて…眠ってはどうだ?」 「雨は嫌いだ」 全く違う答えが返ってくる、初めは自己中心的だと思ったサイカだったが幾度か話すうち、それがアガレス特有の癖なのだと気づき始めていた。 沈黙が続く、どちらが先にこの静寂を破るのだろうか。 何となくサイカは窓の外を見た、確かに雨が降っている。 その音はとても静かで、サイカの耳に雨音は僅かも届かない。 直ぐ側で違う音が微かに届き、サイカはそちらへ目をやった。 ゆっくりと上下する胸部、すっかり閉じてしまった瞳。 「雨の日は眠くなるということかえ、アガレス?」 返事の代わりは心地良さそうな寝息、無意識にサイカは微笑んでいた。 愛しいという言葉が似合う、そんな瞳で…
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加