蒼碧の森-Raggi di prinavera-

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麗らかな春の日差しをその身に浴びて、新しい生命はその成長を周囲に見せていた。 その新しい生命の側には若い男が一人、美しいと形容しても過言ではないその容貌に緊張を纏わせている。 若い男の名前は『セツナ』、聖龍族と獣牙族の混血としてこの世に生まれた男。 そして今より半年ほど前、サイカの夫であるアガレスに命を救われたものだった。 その彼は今、サイカとアガレスの子であるエルトシャンの世話係として、アガレスの屋敷に身を寄せていた。 「エルト様…っ、どうか…ご勘弁を…っ」 「せちゅ~」 セツナの尻尾を掴み、満足そうに笑う悪戯っ子はエルトシャンだ。 この笑顔を見るとセツナは強く叱れなくなる、そこで悪循環が生まれることを知っていても、セツナはエルトシャンの悪戯を叱れないのだ。 そんな二人を優しく見つめながら、サイカは幸せそうな笑みを浮かべて、穏やかな春の日差しに眠気を誘われているらしい夫の側に座っている。 「兄、だな」 アガレスの呟きに微笑みを向け、サイカは柔らかく頷いて見せた。 珍しく今日のアガレスは饒舌なようで、ゆっくりと次の言葉を口にする。 「オレは幸せだ、…サイカ、エルト、セツナ……家族がここにある」 そんなアガレスの言葉を聞き、何故かサイカは首を左右に振った。 表情にこそ出さないが、アガレスは落胆した様子を見せる。 しかし、サイカは笑顔だ。 「もう一人、ここにおる」 そういうと優しく自らの腹部を触り、面食らったアガレスの表情を見ている。 ふ…とアガレスがエルトシャンを見ると、真剣な顔で望みを口にした。 「姫がいい」 「ふふ…無茶を申すな、それは神々が決めることぞ?」 また一つ、二人に幸せが訪れようとしている。 世界が二人の幸せを否定しようとも、確かに二人の幸せはそこにあった。
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