521人が本棚に入れています
本棚に追加
遮断機が降りはじめる。警報音が鳴り響く。
時刻は21時半を過ぎ、線路脇の外灯には羽虫が集まっていた。
暗闇の中を電車が走り抜けてゆく。
道端の草木が一斉に揺れ、ガタンゴトンと騒音が轟く。
昼間のように明るくなった踏切も、電車が過ぎると一瞬で闇へと戻った。
警報器が鳴り止む。遮断機が上がる。
一人の女子高生が、携帯を片手に踏切を渡っていた。大股で足を踏み鳴らしながら、線路脇のフェンスに沿って彼女は歩く。
短いスカートからは下着が見え隠れしている。
(あのババア……)
カバンからぶら下がるストラップやぬいぐるみが、ぶつかり合って音をたてる。
(いちいちヴゼーよ!あたしのスカート注意する前に、自分の顔を鏡で見ろよ、ババア。)
未送信のメッセージは誰かに宛てたものではない。文面にはただただ恨み言が綴られる。
(ウザイウザイウザイ……スカートが短いから短気とか意味分かんない。マジふざけんな。)
小さな鼻にはシワが寄り、ファンデーションの筋が浮かんだ。
(アイツなんか消えろ。この世からいなくなればいいのに。消えろ消えろ消えろ……)
──消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!
線路沿いの道は暗く、彼女の足元を照らすのは頼りない外灯の明かりだけだ。闇の中へと続く線路の先は見えない。
彼女の中で、どす黒い感情が渦を巻く。
頭痛に似た小さな痛みが心を蝕む。
(……もし)
手が止まった。
(カッターで──したら、アイツは、)
女子高生は立ち止まる。遠くのほうで、再び遮断機が下りてきた音がする。
その直後、フェンスの向こう側を電車が走り去り、疾風が彼女のスカートと髪を乱していった。
(あ、あたし……何、考えて……)
入力された文章が削除される。同時に、わだかまる感情が心の内側に沈んでいく。
(こんな残酷なこと、考える、だなんて……)
どうかしている。理性と罪悪感が、怒りの感情にふたをする。本当は、理不尽な恨みだとわかっている。
(……だけど)
抱いてしまった感情は、たとえ理不尽だろうと簡単には消えない。
(ツラいんだよ……)
立ち止まったままの彼女の瞳には、液晶画面の光が静かに映りこんでいた。
ふと、風が止む。
彼女は何気なく顔を上げた。
「……こんばんは。」
彼女の体が震える。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
暗闇から声がした。
自分より後ろの、そう遠くないところから、声が聞こえた。
最初のコメントを投稿しよう!