【犬】

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遮断機が降りはじめる。警報音が鳴り響く。 時刻は21時半を過ぎ、線路脇の外灯には羽虫が集まっていた。 暗闇の中を電車が走り抜けてゆく。 道端の草木が一斉に揺れ、ガタンゴトンと騒音が轟く。 昼間のように明るくなった踏切も、電車が過ぎると一瞬で闇へと戻った。 警報器が鳴り止む。遮断機が上がる。 一人の女子高生が、携帯を片手に踏切を渡っていた。大股で足を踏み鳴らしながら、線路脇のフェンスに沿って彼女は歩く。 短いスカートからは下着が見え隠れしている。 (あのババア……) カバンからぶら下がるストラップやぬいぐるみが、ぶつかり合って音をたてる。 (いちいちヴゼーよ!あたしのスカート注意する前に、自分の顔を鏡で見ろよ、ババア。) 未送信のメッセージは誰かに宛てたものではない。文面にはただただ恨み言が綴られる。 (ウザイウザイウザイ……スカートが短いから短気とか意味分かんない。マジふざけんな。) 小さな鼻にはシワが寄り、ファンデーションの筋が浮かんだ。 (アイツなんか消えろ。この世からいなくなればいいのに。消えろ消えろ消えろ……) ──消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ! 線路沿いの道は暗く、彼女の足元を照らすのは頼りない外灯の明かりだけだ。闇の中へと続く線路の先は見えない。 彼女の中で、どす黒い感情が渦を巻く。 頭痛に似た小さな痛みが心を蝕む。 (……もし) 手が止まった。 (カッターで──したら、アイツは、) 女子高生は立ち止まる。遠くのほうで、再び遮断機が下りてきた音がする。 その直後、フェンスの向こう側を電車が走り去り、疾風が彼女のスカートと髪を乱していった。 (あ、あたし……何、考えて……) 入力された文章が削除される。同時に、わだかまる感情が心の内側に沈んでいく。 (こんな残酷なこと、考える、だなんて……) どうかしている。理性と罪悪感が、怒りの感情にふたをする。本当は、理不尽な恨みだとわかっている。 (……だけど) 抱いてしまった感情は、たとえ理不尽だろうと簡単には消えない。 (ツラいんだよ……) 立ち止まったままの彼女の瞳には、液晶画面の光が静かに映りこんでいた。 ふと、風が止む。 彼女は何気なく顔を上げた。 「……こんばんは。」 彼女の体が震える。 一瞬、何が起こったのかわからなかった。 暗闇から声がした。 自分より後ろの、そう遠くないところから、声が聞こえた。
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