業火の逃亡

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少女はベルトに付けたホルダーから、刃渡りの長い二本のダガーナイフを取り出した。 そして悲鳴にも似た戦いの叫びをあげながら、前方を塞いでいる黒い“それ”の集団に斬り込みかかった。 まず細めの胴体を持つ一体を狙い、その胴体を横一文字に切り裂く。そのまま振り抜いた刃をツバメ返しのような軽やかな手さばきで返し、すぐ隣にいた数体の手や足を関節部分から切断する。襲い来るものはもう一本の刃が切り裂き、来ないものも無論切り裂かれる。 “それ”の体を構成する素材は、鉄のような見た目の割にはさほど硬質ではないらしい。矢継ぎ早に黒い姿の間を駆け抜け、炎の輝きを照り返す二本のナイフが踊る。 少女はまだ子供ながら、この街で最強と呼ばれる戦士の一門出身である。そんな彼女を流石と言うべきなのだろうか、街一つを壊滅にまで追い込んだモノの群れを、たった二本のダガーナイフだけで次々に機能停止にしていく。おおよそ子供とは思えないほど俊敏で力強い動きだ。 「あんた何してんの、今よ、早く!!」 その鬼神が憑いたようなすごい戦いぶりに思わず放心して見とれていた少年は、悲鳴じみた大声で我に返った。見ると、出口側にいた“それ”の幾体はふっつり糸が切れたように折り重なって機能を停止し、包囲網には走り抜ければ逃げられそうな隙間ができていた。 自分一人だけならば─── 「あたしの事はいいから、早く行ってぇぇぇっ!」 そんな少年の迷いを見透かすように、また一体を斬り倒した少女が叫んだ。少年は意を決すると、出口に向けて全力で走り出す。 「レクイア、絶対だよ!絶対、生きて出てきてね……!」 走り抜けに少年は叫んだが、その返事は荒れ狂う炎の轟音に巻かれて聞こえなかった。
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