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その日、アーティー・レイナはぶつけようの無い苛立ちを必死に抑えていた。
苛立ちの理由は一つ。自分の事実上の上司であり、彼女の夢を叶える存在である年下の男についてである。
彼はここ数日、自らの自室へ引きこもっていた。彼の言う『研究の素材』を見ているらしいが、あいにくアーティーにはそれを理解することは出来ない。
いや、どんな狂化学者でもさすがにあれは理解しがたいものだろう。なにしろあれはある意味では彼の野望の先人達の記録なのだから。
いや、アーティーが苛立っているのはそれでは無い。彼の作った『作品』についてである。
彼が引きこもったせいで統率が無くなったのだろうか、アジトの敷地内で好き勝手に暴れている。幸い、まだ常識的な『作品』の一体がある程度は纏めているが、このままではいつ外に出るか心配でたまらない。
だから、今日こそ『作品』に命令なりなんなりを与えてもらうために、アーティーは彼の部屋を目指しているのだった。
(まったく、あのヒキコモリは…あれで役立たずだったらとっくにおさらばしてるのに…)
そう考えながらも、今は彼以外に自分の夢…と言っていいのだろうか。なぜならアーティーの夢とは復讐であり、到底他人に話せるものではなかった。…を叶えてくれる可能性のある人物は恐らくいない。
(そうよ、利用するのよ。私は彼に全てをかけた。もう後戻りは出来ないの)
そんな考え事をしている内に彼の部屋の前に到着したらしい。目の前に男の部屋とは思えないほど明るい色の扉があった。
扉に彫られた名前―リオル・ロベック―彼の名だ。
規則的に四回、扉を叩く。
「私です、リオル。入室の許可を」
返事はすぐに返ってきた。
『あー、いいよー。なるべく音たてないでねー』
(間の抜けた声、リオルらしい)
そう思いながら、アーティーはゆっくりと扉を開けた。
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