シロイツキ

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       3 僕の耳の奥で暴力的なメロディが流れた。 『俺はアナーキーだ』 そう歌っているのは、イギリスのパンクバンドだ。 僕が一生訪れることが無いであろう場所。 その場所で作られた音楽が今、僕のポケットの中に入っていることに、意味もなく興奮していた。 薄っぺらで、怠惰と不満に満ちた僕の日常からは遠く、離れた場所にある感情。 その感情がMDウォークマンから犇々と、イヤホンを通して伝わってきた。 眩しい程の激情。 太陽を直に眺めて、強い光が網膜に焼き付くあの感じ。 そして、ふと思う。 僕はどうだ。 僕の日常はどうだ。 眩しい程に輝く何かはあるだろうか。 そう考えだすと、虚無感が膨らんでいく。 ……本当にくだらない。 イヤホンを耳にあてて、校門を通る時にそう、心の奥で悪態をついた。 やりたいこともなくて、適当に選んだ進路。 当然、面白いことがあるハズもなく、くだらない毎日を過ごしている。 だが、そんな毎日に慣れてしまっている自分が1番くだらなかった。 もし人生の価値が、1か0しかない絶対的な二択だったなら、このままだと僕の人生は間違いなく0に振り分けられるだろう。 なんてくだらない人生なんだろう。そうやって産み出されていく不満や鬱憤を蹴り飛ばすように、乱暴に靴を脱いだ。 そして、下駄箱に自分の下足を入れている時に後ろから肩を叩かれる。 途端に考えていたことが雲散霧消になった。 「おい、今日は何を聴いてるんだよ」 声は聞こえないが、いつものことなので、口の動きで大体言っていることは分かった。 「今日はセックス・ピストルズだったよ」 僕はイヤホンを外して答える。 すると、今まで頭の中で響いていたメロディが消えて、その代わりに不粋な朝の喧騒が耳につく。 「今日はアタリ? ハズレ?」 「アタリだったかな、セッピスを聴きたい気分だったし」 「今週は調子いいな。3日連続じゃん」 彼は、田代 剛志は変わり者だ。 クラスの連中の中で、初めて話しかけてきたのも剛志だった。 その時も、いきなり肩を叩かれ、先程と全く同じ科白を言われたのを憶えている。
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