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「あ、また来たんだ」
図書室に入ってから3分ほど経つと、奥の資料室から華奢な女の子が出てきて僕にそう言った。
図書室には今、僕とその女の子、二人だけ。
僕は特別、照れたりする訳でもなく、こう言った。
「この前借りたのを返しにきたんだ」
「そっか」
桜井光香というその女の子は、抱えていた4冊のハードカバーの本を、順々に棚に戻していく。
ロマンロラン全集と、黒いカバーに金字で書かれている。
古い本なのか、金字は所々が掠れていて、とても読み辛い。
2巻に至っては、コマノロフン全集となってしまっている。
「今日は何を聴いてたの? 今日もブルーハーツ?」
「え?」
「朝、君のことを見たんだ。
そこの窓からね、校門が丁度見えるから」
彼女は、その大きな瞳を本棚に向けたままに涼しげな笑顔を浮かべている。
小さな頭からすっと流れるように続く細い首には、少女から大人になろうとしている、この年頃の女性特有の丸みがかったラインがあり、その白さに目を奪われてしまっていた。
「ん?」
僕が質問に答えなかったからだろう。
彼女がしゃがんだまま、振り返って僕の顔を眺めてきた。
そのせいで彼女と目が合ってしまう。
黒目がちの大きな二つの瞳が、僕の姿を写し込むように捉えている。
柔らかく滑らかな輪郭の顔が、不思議そうに揺れた。
「ああ、今日はセッピスを聴いてたんだ。
セックス・ピストルズ」
「セッピス? セックス・ピストルズってピストルズって略すんじゃないの」
「そうらしいんだよね。
みんなピストルズって言うんだけどさ、オレはセッピスって呼び慣れちゃったから」
「ふふ、なにそれ。変なの」
彼女は滑らかな動きで、僕の前にある椅子に座る。テーブルに手をつきながら僕を眺めてくる様は、テーブルにつけと、少しばかり話そうと、誘っているように思えた。
それは、僕が望んだからそう見えた、思い込みなのだろうか。
それとも、彼女が本当に望んだためにそう見えたのか。
後になって考えてみれば、前者のほうだったのかもしれない。
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