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その後、僕らはぽつりぽつりと互いのことを、どちらからという訳でもなく、まるで5月の雨のように、ゆっくりと話し始めた。
気がつくと日はすっかりと沈み、窓ガラスにはどす黒く、淀んだ黒色の闇が湛えられている。
まとわりつくような、粘度の高い黒い闇に吸い込まれそうになる。
「そろそろ帰らないと、鍵かけられちゃうね」
細い手首に巻かれた腕時計を見ながら、右手で鞄を持つ。
彼女はそのまま重そうに鞄を持ち上げた。
「それ、中に何が入ってるの?」
「今日借りていく本たち」
きっとハードカバーの本が何冊も入っているのだろう。
鞄の布地にはごつごつと、本の角のシルエットが浮かんでいる。
「ほら、持つよ」
僕は彼女の手から鞄をとる。
ずしり。
と鈍い重さが腕にのし掛かった。
「ありがとう」
彼女が言う。
少し朱に染まった頬を上げて。
そういえば、と思い返す。何をというと、僕の今までをだ。
『ありがとう』と言われたのはいつ以来だっただろうか。
誰からも責められないように僕は生きていた。
でも、僕はもしかしたら、誰からも、感謝もされていないのではないか。
ふと、頭を過る考えがある。
僕は世界にとって必要ない人間なのではないか、と。
それを認めるにはまだ僕は若すぎて、色々なことを知らなすぎると思った。
同時に、否定しなければ僕自身、壊れてしまいそうだと思った。
だから僕は、その影が頭を過る度に即座に否定して、頭の中から追い出そうとする。
しかし、その影は出ていってくれない。
今の僕にはコントロールすることも出来ない。
だから僕はその影を頭の中の適当な(例えばポケットの様な)場所にしまい込む。
こんなものは将来の僕に任せればいいのだ。
「どうしたの?」
「……いや、鞄が重いなと」
誤魔化して、僕は彼女と一緒に図書室から出ていった。
廊下にはもう生徒の姿も、教員の姿もない。
誰もいなくなった学校というのは、薄気味悪いものだなと改めて実感する。
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