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「ねえ、ハルくん」
ふと、声が聞こえた気がした。
「月には永遠の世界があるんだって」
彼女の嬉しそうな声が。
あれはもう、どれくらい前の話だっただろうか。
僕が16か17歳の時だったと思う。
あの頃の僕には、希望とか夢とかのエネルギーが溢れていて、隣に彼女さえいれば、なんだって出来る気がした。
それが若さだと気が付いたのは、もう暫く前のことで、気が付くともう、その気持ちになることは無くなっていた。
それでも、ふとした瞬間に思い出す色が、匂いが、音がある。
それは例えば、ぼんやりとしている時であったり、取引先へ出向いた時だったり、残業でオフィスに一人残った時だったりする。
その度に僕は、懐かしむでもなくて、ただその記憶を垂れ流すだけ。
それでも稀に、記憶が流れずに引っかかることがある。
その時、16だか17歳の僕が、鏡や窓ガラスの向こう側から涙を溜めて睨んでくるのだ。
おい、お前はそんなんじゃないハズだろう。
おい、なんでそんな下らない大人になっちまったんだよ。
目を赤くして、僕の心の根っこを握って、まるで殴るように、しつこいくらいに問いただしてくるのだ。僕は何も言い返すことが出来ずに、薄ら笑いで誤魔化している。
いつからだろう、意味も無い空っぽな笑みを浮かべるようになったのは。
そう考えて、なんだか心が苦しくなった。
いつの間にか僕は汚れた気がした。
なぜだか約束を破ってしまった気がした。
その内容すら思い出せないのに。
また声が聞こえた。
声が聞こえる。
そしてまた思い出す。
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