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真っ白な、丸い、鏡のような満月が浮かんでいた。
夜風は生暖かくて、若干の湿り気がある。
「この一歩は一人の人間としては小さな一歩だが、
人類としては大きな飛躍である」
光香が月を見つめながら、嬉しそうな声で言う。
そしてスキップをするように跳ねて行くと、
「とう」
と言い、まだ水気が残る砂場に片足で着地した。
何故そんなことを彼女がしたのか。
その行動の意図を探るよりも僕は、光香がスキップをする度にふわふわと動くスカートが、その下から見える、白くて綺麗な光香の太もものほうが気になっていた。
そして、光香は自分が残した左足の足跡を見て、一片の曇りのない、夏の陽射しのような笑顔で振り返る。
大きな眼が細まって、口角が上がった。
丹念に編み込まれた絹のような、滑らかな長めの髪が一本一本、白い月の光を浴びていて、光香の姿はとても艶やかに見えた。
「それって、アポロ11号のだろ。
アームストロング船長だっけ」
ぶっきらぼうに言ってしまい、少し後悔をした。
本当はそんなふうに言いたかったのではないのに。
光香は僕の心持ちなんて何処吹く風のようで、両足を揃えてその場にしゃがみこみ、自分が残した足跡を、慈しむように、白くて細い右手の人差し指でなぞっている。
「そうだよ、あの有名な言葉。
なんだかね、月の砂ってこんなザラザラじゃなくて、もっと粉みたいにサラサラなんだって」
僕の頭の中に、星条旗を月面に突き立てるあのワンシーンが思い浮かんだ。
あの星条旗が突き立てられた地面は、きっとこのグラウンドの砂より、砂場の砂より、ずっと細かく、サラサラとしているのだろう。
「うりゃ」
僕も光香と同じように飛び跳ねて、砂場に右足で着地した。
光香が付けた足跡の隣に、一回り大きい僕の足跡が付く。
水気が残っているせいなのか、スニーカーの靴裏の凸凹までくっきりと残った。
水気が残っているのは午前中に降った雨のせいだ。
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