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「ブルーハーツの『未来は僕らの手の中』だね」
小夜が言った。
彼女はスーツに身を包んでいて、薄めの化粧をしている。
キャリアウーマンという印象よりも、就職活動中の女子大生という印象を受けるのは、彼女が童顔だからだろう。
「懐かしいね、ブルーハーツ。
もう14年くらい前だっけ? 解散したのは。
リンダリンダとか終わらない歌とか」
メニューに視線を落としながら、小夜はブルーハーツの歌を思い出しているようだ。
彼女の瞳が、メニューの文字を追うように動いている。
奥二重で、細い、眠そうに見える目だ。
駅前の居酒屋は中々の賑わいをみせている。
客の殆どが僕らと同じ、仕事終わりのサラリーマン達だ。
時間帯が時間帯だし、居酒屋なのだから当然と言える。
「すいませーん」
小夜が店員を呼ぶ。
会社でしか彼女を知らない人に、聞かせてやりたい声だ。
小夜って本当はこんな声なんだよ、と。
親しい人間なら知っているかもしれないが、違う部署の人間なんかは知るよしもないだろう。
会社での小夜は、いつだって冷静で、声が低い。
細い目を一層に細めている。
その時には、眠い印象というよりも、鋭く、きつい印象を受ける。それはきっと、彼女のコンプレックスがそうさせるのだろう。
僕が可愛いと思う、その眠そうな目も、童顔も、小夜にとってはコンプレックスのようだ。
店員の女の子が注文を取りにくる。
アルバイトのようで、恐らく大学生だろう。
「とりあえず、生二つ。
あと、一夜干し」
並んで見ると、小夜と店員の女の子は同い年に見える。
こんなことを言ったら、小夜は気を悪くするだろうな。
「でも、晴彦がブルーハーツを聴くって、ちょっと意外かも」
テーブルの向かい側、肘を立て、くすぐったくなるような甘い声で彼女が言った。
まるで、STANCE PUNKSのドラマーはサポートメンバーで、時々ブルーハーツのドラマーが叩いているということを知った時のような顔をしている。
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