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「ふぅ…」
玖鞘 宗士(クザヤ ソウシ)は屋上に設けられた空中庭園にいた。
どこぞの西洋庭園を真似て造られたこの庭の中でも、宗士は太い幹と枝を持つ大樹の枝の上が一番のお気に入りスポットだった。
スハを口にしたまま軽く息をはいた。
スハは精神作用─沈静や高揚、快楽など─のある葉や花のエキスを抽出し、スポンジに染み込ませ、乾燥させて紙を巻いたものである。
タバコとの違いは煙を出さないため身体的な害はなく、ニコチンのような依存性のある成分を含まないものもある点だ。
試合や重要な会議の前に吸う人もいる。
まれに非合法のものも存在するが。
時間は午後二時。
空は雲ひとつなく澄み渡り、春の暖かく心地よいそよ風が肌を撫でる。
柔らかく射し込む木漏れ日がこそばゆい。
花粉症の方には御愁傷様な時期だが、宗士にとっては惰眠へと誘う眠りの国の使者以外の何者でもなかった。
遠くに聞こえるグラウンドを走る生徒の掛け声と飛び回る小鳥のさえずりが子守唄という協奏曲を奏でる。
宗士は導かれるまま瞼(まぶた)を閉じ、眠りの中に意識を落とそうとし───目を開いた。
背を預けていた木の幹から少し躯を起こすと、あらかじめ用意していた小石を手に取る。
重さを確かめるように軽く二、三回上に放り、屋上の出入口の扉に向かって投げた。
『ビュン』という効果音つきのけっこうな速度で。
投げられた石はほぼ直線のまま飛んで行き、扉の手前一メートルのところで勢いよく扉が開いた。
「そうっ………!?」
飛来した小石は扉を開いた人物の額のど真ん中にピンポイントで命中した。
スローモーションのようにゆっくりと躯が倒れていく。
そして、倒れるのと同時に扉は『ガチャリ』という音を立てて無情に閉じた。
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