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「さて、と。あんたはどこまで聞いてる?」
肇の前を歩きながら、管理人の女性は尋ねた。
おかげで肇は、この人物をとっくりと観察できたわけだが、この女ときたら、まるで田舎の農婦そのものの恰好で、ちっとも世界の主らしくない。
肇は少々訝しく思いながらーー不思議と敬意は薄れなかったがーー答えた。
「生者が入り込んだって事と、貴女がおれを呼んだって事です」
「そ。あの男、ろくな説明しなかったわね」
管理人は、ふんまんやる方ないというように、鼻息を荒くした。
声は美人であるだけに、妙ちくりんだ。
が、本人は気付いていないのか、管理人は、立て板に水とばかりに続けた。
「あのね、こっちに来ちゃってんのは女の子なの。とは言え、あんたよりは二つ三つ年上だけどね」
「はあ……」
肇は、どう返すべきか分からずに、あいまいな返事をした。
「しかも、自分は死んでると思い込んでる」
いかにも気の毒そうに、死者の世界の主は眉を下げた。
「でも……」
肇は何気なく言った。
「死後の世界がこんなに綺麗なら、死んでも悪くないですよね」
死者の世界は、本当に美しい。
空気は澄み、月は碧く、空は漆黒で深い。
肇は本当に何気なく、ただ感動を伝える気持ちだった。
しかし、管理人の英気に満ちた瞳は、哀しげに肇を射た。
「……ありがとさん」
歯切れ悪く答えた管理人は、ちっとも嬉しそうでなかった。
世界の果てを、乾いた風が撫で、髪を揺らしていった。
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