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生者の世界の真夜中ごろのこと。
狭間の世界では、煌々と光る白い川に黒い影が浮かんだ。
冷たい夜気が頬にしみる夜だった。
死を知らない死者の来訪を、狭間の世界の住人の肇(ハジメ)は、子供らしい、むっつりとした表情で迎えた。
今年十四歳になる肇は、この日が一番嫌いだった。
夜中まで起きていなければならないし、冷たい夜風に当たりながら、押し黙った師匠と外に立っているのは苦痛だったからだ。
師匠というのは、もうひとりの住人で、スイという。年の頃は三十半ばの、寡黙な男だ。
あたえられた仕事をただ黙々とこなし、酒や煙草はもちろん、何の愉しみも持ってない。
もう随分永く、此処に暮らしていると聞く。
肇はそう聞いて、深く納得したものだった。
狭間の世界はせまく、貧しい。
畑はぎりぎり生活できる分の収穫しかなく、住居は古びて、時折すきま風が吹く。
しかし、世界は決して住人に辛い思いはさせなかった。
人間の喜怒哀楽を、極限まで薄めている、というのが正しいのかもしれない。
肇は辛い思いや悲しい思いをするのに、こりごりしていたし、スイは思考することなく、そのまま世界を受け入れていた。
そうして二人は、何も望まず、静かに静かに暮らしていた。
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