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ゆっくりと死者の世界へ渡ってゆく人影を見送ってから、師匠は戻ってきた。
すかさず日本刀を受け取りつつ、肇(ハジメ)は、お決まりの文句を言う。
「スイ師匠、おれはいつになったらー……」
言いかけて、肇は口をつぐんだ。
師匠が、いつになく厳しい顔をしている。
それは、肇に向けられたものと言うよりは、狭間の世界の住人としてのようだった。
「肇、まずいことになった」
渋味のある声でそう告げると、肇には目もくれず、自室へ引っこんでしまった。
肇は、師匠の言葉を理解するのに数瞬かかった。
まずいことになった?
師匠から、そんな言葉を聞くのは、初めてのことだった。
狭間の世界で事件が起きるなんてありえないのに……。
しかし、話を聞きたくても、当の師匠は自室にこもっている。
しかたなく肇も、それに従い、しぶしぶ床に就いた。
天井を見上げると、囲炉裏で煤けた柱が闇に、うっすらと輪郭を見せた。
洗われすぎて、ごわごわの布団も、かすかに甘い古い木のにおいも、馴れ親しんだものだ。
とても眠れない、と肇は思ったが、いつのまにやら頭には霞が満ち、思考を彼方へ奪い去っていった。
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