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『保彦さん。何があったの?』
座り込んだままの多恵が大声で叫ぶ。
『大丈夫や。心配いらん。ちっくと車が動いただけじゃき。』
美紗は、まだ半分放心状態であった。
助手席から降り、撮り終えたフィルムをカメラから取り出して、丸いケースに入れた。
それをポケットにしまおうとしたその時、誤ってフィルムを路面に落としてしまった。
フィルムが坂道を転がって行く。
とっさにそれを追いかける美紗。
その後ろから、若いカップルの乗った車が、坂道を走り下りて来る。
若い二人は、桜に気を取られていて、前方に突然現れた少女には全く気付かなかった。
『美紗っ!!』
保彦が走る。
『保彦さん!!』
多恵が叫ぶ。
「バンッ!!」
「キキィーーーーッ!!」
鈍い音と共に、ブレーキ音が桜のトンネルを走り抜けた。
(・・・・・)
少しの間、全てが音を失った。
『や・・・保彦さん・・・。どうしたの?・・・保彦さん!!美紗!!・・・誰か応えて!!』
その目で見ることはできないが、大変なことが起こったことは、多恵にも分かった。
『ぁ・・・あああァーーッ!!』
多恵の叫び声が響く。
良介は、さっきの衝突でフロントガラスに降り積もった花びらの隙間から、路上に転がる、保彦を見つめていた。
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