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【12】再会
玄関の鍵は、ポストの裏にあった。
カメラマンになったら、母の笑顔を自分の手で撮る。
それまでは、帰るまいと決めていた家。
何度も帰りたいと思って、帰れなかった家。
美紗は、引き戸を開け、ゆっくり中へ入った。
かび臭い匂いがした。
『ただいま、お母さん。』
誰もいない家の中に、美紗の声が響く。
母がいた台所、至るところに父が作った手すり、お茶の間の椅子には、あの頃のままの座布団が敷いてあった。
しかし、母の椅子は、そこには無く、隣の部屋を仕切る壁の前に、ポツンと置いてあった。
椅子の方へ行く美紗。
『どうして・・・こんなとこに。』
とつぶやく美紗の声が詰まる。
椅子の前の壁には、一枚の写真が飾られていた。
美紗の目に涙があふれて来る。
その写真は、美紗の卒業写真であった。
母の愛情がこもった、誰よりも新しい制服の写真。
『・・・お母さん。』
床には、椅子の跡がくっきりと刻み込まれ、その少し前には、涙でできた染みが残っていた。
多恵は、毎日、毎日、この写真の前に座り、見えない目で、愛する娘の姿を見つめていたのであった。
テーブルの上には、美紗があの時捨てたはずのアルバムや写真が、きちんと積まれてあった。
『お母さんは、写真が嫌いじゃなかったんだね・・・。私のことを、こんなにも愛してくれていたんだね。もっと早く気付ければよかった・・・。ありがとう。お母さん。』
美紗は、そのまま何時間も、母の椅子に腰掛けて、父と母の想い出に浸っていた。
気付くと、すっかり暗くなっており、美紗は電気のスイッチを入れた。
電気は止まってなかった。
多恵の弟の信二が、いつ美紗が帰ってきてもいい様に、そのままにしてあったのである。
『お母さん。夢は叶わなかったよ。もう・・・十分美紗は頑張ったよね? もう・・・お母さんのところへ、帰ってもいいよね? 美紗はもう、疲れちゃったんだ。』
美紗の手には睡眠薬が握られていた。
彼女はためらうこと無く、それを全部飲んだ。
『今まで、お母さんを一人ぼっちにしてごめんね。これからは、ずっと一緒だよ・・・。』
少しして、意識が薄れて行く。
床に倒れる時、玄関の引き戸が開く音、そして誰かが名前を呼んだ気がした・・・。
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