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~中学卒業の後~
美紗がいなくなってから、しばらくして、良介は多恵の家を訪れた。
一人ぼっちの彼女のことが、心配だったのである。
卒業式で見た、多恵と美紗の笑顔が、彼にその勇気を与えていた。
玄関先で、なかなか声をかけれないでいる彼に、多恵の方が先に話しかけた。
『良介君ね。どうぞ入って。』
彼には、なぜ分かるのか不思議であった。
『お久しぶりです。美紗ちゃんがいなくなって、独りで大丈夫やろうかと思うて・・・。もし良かったら、僕が時々来て、何でも手伝っちゃろうかと・・・』
『あら、ありがとうね。お手伝いはいいけど、できたら、時々話し相手をお願いできるかしら?役場の仕事のことでも、テレビの話でも、何でもいいから、話してくれると助かるわ。』
良介の母は、自分を産んですぐに亡くなっていた。
彼は、母の顔すら知らなかったのである。
初めて多恵を見た時から、この母に憧れていた。
多恵は、そのことを全て知っていたのである。
『それから、これからここでは、「お母さん」と呼んで。「おばさん」は、できれば遠慮したいから。私も、「良介」と呼びますからね。』
こうして、良介は、時々「母」と過ごしながら、美紗の帰りを、一途に待っていたのであった。
~病室~
『そうだったの・・・。良介君、ありがと。お母さんが、一人ぼっちじゃなかったって分かって、安心したわ。』
美紗は、もうすっかり元気になっていた。
『多恵ちゃん。どうしても言えんかったことがあるんや。』
『えっ?』
『美紗ちゃんの・・・お父さんを・・・死なせてしもうて、ごめんなさい。』
中学の3年間。
ずっと謝りたいと思っていた言葉であった。
『何を言うの。お父さんは私のせいで死んじゃったのよ。良介君のせいなんかじゃないわ。・・・ずっと、そんなことを思っていたの?』
美紗は、笑顔で良介を見る。
それは、彼がずっと見たかったものである。
『辛かったんだね、良介君も。ごめんね。本当のことを言うと、中学の間、いつか良介君が話しかけてくれるんじゃないかと、ずっと待っていたのよ。ここにいてくれてありがとう。』
美紗は、良介の唇にキスをした。
長い長い回り道であった。
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