【2】多恵と保彦

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この地に移り住んで、1年が過ぎようとした頃。 その日、保彦は、町長の娘の結婚式にカメラマンとして呼ばれていた。 その彼の帰宅を、赤飯と鯛がお迎えしたのである。 『お、おい・・・いくら町長でも、そんなにはずんではくれんぜよ。』 『えっ?・・・あ、いや、保彦さん、そうじゃないの。うまくできたのよ。』 鈍い彼の頭の中では、前に小豆と大豆を間違え、赤くない赤飯を炊いた多恵の姿が思い出された。 目の見えない彼女を気遣って、何も言わずに食べていた保彦であったが、一口食べて、彼女はすぐに気づいたのである。 あの時の彼女のしょげた姿が目に浮かんだ。 が・・・鯛は思い浮かばなかった。 『もう!何考えてるの?赤ちゃんができたのよ!この鯛は酒向さんがお祝いにくれたの。』 酒向は、行きつけの病院の院長であり、美人で優しい多恵を、たいそうお気に入りであった。 (まったく、あの爺さん、油断も隙もあったもんじゃない。) などと、ぼやいている場合ではなかった。 『た、多恵!本当か?腹痛かなんかじゃないのか?そう言えば、最近お腹が出てきたとは思っていたが・・・』 『ばかねぇ。まだ妊娠したばかりよ。このお腹は、別の事情なの!!』 といった様な状況で、最初で最後の子供を授かったのである。
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