136人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
この地に移り住んで、1年が過ぎようとした頃。
その日、保彦は、町長の娘の結婚式にカメラマンとして呼ばれていた。
その彼の帰宅を、赤飯と鯛がお迎えしたのである。
『お、おい・・・いくら町長でも、そんなにはずんではくれんぜよ。』
『えっ?・・・あ、いや、保彦さん、そうじゃないの。うまくできたのよ。』
鈍い彼の頭の中では、前に小豆と大豆を間違え、赤くない赤飯を炊いた多恵の姿が思い出された。
目の見えない彼女を気遣って、何も言わずに食べていた保彦であったが、一口食べて、彼女はすぐに気づいたのである。
あの時の彼女のしょげた姿が目に浮かんだ。
が・・・鯛は思い浮かばなかった。
『もう!何考えてるの?赤ちゃんができたのよ!この鯛は酒向さんがお祝いにくれたの。』
酒向は、行きつけの病院の院長であり、美人で優しい多恵を、たいそうお気に入りであった。
(まったく、あの爺さん、油断も隙もあったもんじゃない。)
などと、ぼやいている場合ではなかった。
『た、多恵!本当か?腹痛かなんかじゃないのか?そう言えば、最近お腹が出てきたとは思っていたが・・・』
『ばかねぇ。まだ妊娠したばかりよ。このお腹は、別の事情なの!!』
といった様な状況で、最初で最後の子供を授かったのである。
最初のコメントを投稿しよう!