第一章 静かの家

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   槍が胸を貫く。  胸の真ん中から柄の部分が生えているようだ。 肉を突き破る音と逆流する血液。  瞬く間もない、ほんの少し。  それが生死を分けた。  怨嗟のように聞こえる金属音。  むせ返るような鉄錆の臭い。  それにも増して、どろりと絡み付く腐る肉の臭い。  燃え盛る炎が運ぶ、焦げ臭さ。  崩れ落ちる最中、取り囲む環境はあまりに非道。  しかし、此処こそが、死地と定めた身ならば。  後悔など。  呪詛を呻くように、背から槍を生やした男が己を滅ぼすその柄を掴む。 離すまいとするかの如く。 だが力の抜けた指先はずるずると女がする化粧の様に、紅く筋を引いて。  事切れる間際、男の脳裏に駆けたのは、我が身は御為、と戦った王ではなく。 美しい故郷の山野の景色でも。 見たことの無い、神の御使いでもない。  ただただ。  愛する妻と、子の姿   『賢者の海 静かの影』 『第一章 静かの家』  広がる青空と雄大な大地。 深く繁る森の緑に、遠く広がる海の碧。 行き過ぎる風すらも蒼いような気にさせる。  広大な緑の自然の中、街は白く小さく浮いた存在だった。  交易都市 ラニルレミド。 王国の南に位置する、温暖な都市だ。人口およそ30万人。  王都から離れたその街は国境に近い小都市で、主には交易と宿場で栄えている。 街の人口は一見多く見えるが、その殆どが商人、旅人、傭兵、と、よそ者、であり。  中心部から放射線状に伸びる街道は、多くの市で賑わい。 逆に多くの住人は中心街を外れた閑静な郊外に住んでいる。  その郊外の住宅街と中心街の境目辺りに、大聖堂と言われる教会があった。 王都程ではないが、それなりに立派な教会で、役所や病院の役割も兼ねる。 司祭と呼ばれる者達が、どんな宗派の誰であろうと、訪れる者を迎え入れる。  大聖堂の荘厳な造り、その大きさは見る者を圧倒する。  そして大聖堂と背中合わせに小さな教会が人目につかないように立っていた。  とんがり屋根に十字を掲げ、訪れる者のないその教会の庭には、年齢も様々な子供達がそれぞれの仕事をこなしている。 歳の大きい子供は家事のようなことを。中程の子供は更に小さな子供の面倒を。 .
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