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女性の方は、何処かの民族服のような華やかな服装に、黒いリボンが巻き付いた白い帽子を被っていた。それはファンシーな、或いは少女的とも言えるファッションであり、彼女の朗らかな笑みによく合っていた。
一方、男性の方は黒を基調としたジャンパーに、グレーのインナー、紺のジーンズと比較的地味な格好をしていた。それは、先程から男性の上腕を引っ張るようにして連れ回す女性と対照的であり、年上の苦労人という印象を周囲に与えた。
「ティルス、なんか食べよっか?」
屈託の無く、純真な笑顔を女性…メルティは向けた。
「そうですね……カフェでも行きますか」
ティルスと呼ばれた男性は、普段のメルティとのギャップに戸惑いつつも、笑顔をもって返事をした。
彼女のこの態度は、決して取り繕った物では無い。これは彼女の人格の一つであり、主にオフ時に表れる少女的形質だった。
実際、彼女の中にはまだ複数の人格が存在しており、言動から性格から趣味から、それぞれには大きな差異が見られる。ティルスも慣れたつもりではいても、あまりの違いに翻弄されるばかりであった。
「やった!流石ティルスね!」
「いえいえ」
しかしながら、このように恋人のように接してもらうのも、彼にとって悪いものではなかった。彼女の場合、人格が異なると言っても、本質的な面では共通事項も当然存在する。彼女がティルスにある種の好意を寄せているのもその内の一つだと、彼は気付いていた。
彼がメルティに対し、今回のように進んで護衛役を引き受けたのも、そのあたりが関係していた。
「へへ……あれ?あの人……」
既に何を食べるのかについて脳内会議を始めていたメルティは、人混みの中に見知った顔を見つけた。
「おーい、良二じゃない!?」
彼女はショーウィンドウを眺めつつ歩く男性に向け、声量を上げて呼び掛けた。
男性を含め、周囲の大抵の者がそれを聞いてメルティの方に顔を向けた。
「げっ!?…メ、メルティさん……」
男性…良二は露骨に嫌な驚きを見せ、メルティの方へ恐る恐る近付いた。周囲の人々は状況を察したように、お節介で道を開けた。
「奇遇だね、一緒にお昼にしない?」
「は、はい。喜んで……」
「やだなぁ、そんなにペコペコしなくていいのに」
良二は、メルティのある意味有無を言わさぬ誘いに緊張しつつ答え、幾分か縮んだ様子で彼女の前に立った。
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