第一話

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         1 『心配ないよ、ジョバンニ』 『そうかい、カムパネルラ』 『そうさ』  男子にしては小さい俺の手の中には、小さな本が収まっている。  ちょうど開かれていたページには、そんな会話が、はっきりと綴られている。  宮沢賢治の"銀河鉄道の夜"のジョバンニとカムパネルラの会話だ。  しかし、俺の手の中にある本は"銀河鉄道の夜"ではない。  つるつるとした表紙には、かわいらしい女の子のイラスト。  しかし見ていてどこか切なく、寂しい感じのするイラストが刷られていた。  本の表題は、"半分の月がのぼる空"。  一般にライトノベル、ラノベと言われる小説だ。  この会話の中で、ジョバンニを演じているのが、主人公の戎崎 裕一【えざき ゆういち】。  カムパネルラを演じているのは、表紙に描かれていたヒロイン、秋庭 里香【あきば りか】。  まぁ、二人がやっていたのは演じるってほど大それたものじゃない。  ただ二人でそれぞれ割り振った役のセリフを言うだけの、言わば『銀河鉄道ごっこ』をしているだけなのだが、それでも俺はやっぱり、このシーンが好きだった。
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