第一話

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   主導権は完全に里香が握っていて、彼女が言ったカムパネルラの台詞に裕一がオタオタしながらもジョバンニの台詞で返す。といった具合だ。  表情豊かな挿し絵が多いせいだろうか。読んでいるページに挿し絵が無くても、二人が笑い合いながら会話している姿が頭に浮かぶ。  日溜まりの中で、大人と言うにはずいぶんと未熟なもの。子どもと呼ぶには多少無理のあるもの。そんな曖昧な大きさの肩と肩とを寄せ合って―――  そんな情景を思い浮かべると、自然と顔が弛んでしまう。彼らのように、ウハハっと笑い出したくなってしまう。  それは、まるで二人の姿を、傍らで見守っているような。どうにも不思議な感覚だった。  里香が笑い、裕一が笑い、その二人の笑顔を見て俺も笑う。  俺は言わば、この二人を見守っている登場人物の一人にでもなった気でいる。  こんな空想は、決まって現実にあるどんな幸福よりも尊く、大切なものであるように感じられたた。  バカみたいだと思われるかもしれないが、俺は実在はしない小説の中だけで生きている二人の幸福を、心の底から願っていた。  たぶん、他人の幸せを本気で願ったのなんて初めてだと思う。  俺は目の前にあるもので手一杯のただのガキだ。そんなことは誰よりも理解していたつもりだったから。  他人の幸せを願えるだけの余裕なんて、最初から持ち合わせていなかったんだ。
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