3人が本棚に入れています
本棚に追加
静かに淡々と過ぎる時間は、嫌いではないけど、今日だけは少し息苦しさを感じてしまう。
試合の疲れと重なって、私の口からふっと溜息が零れた。
「先輩」
やばい、聞こえたか。
彼女は、よく通る澄んだ発声で続ける。
「今日もノーヒットノーランでしたね」
台詞の途中、長い睫毛が空を切って、私の瞳を捉えた。
にこりとも笑わないその眼差しと、冷たく言い放たれた「ノーヒットノーラン」。
「あはは……」
気の抜けた笑い声で、この澄み切った空気を濁そうとする私。
私は、ピッチャーではない。
バッターである私にとってのこの言葉はすなわち……。
さ迷う私の視線は、電線に止まった一羽のカラスのそれとぶつかる。
しかしカラスは鳴きもせず、すぐさまどこかへ飛びさってしまった。
私は小さく息を吸い込むと、立ち止まり、何とか声を出してみる。
「それってどういう意味?」
人通りのない寂れた家路に、いつの間にかオレンジ色の電燈が灯り始めている。
人工的な、目に優しく設計された光が夜道を照らす。
海はもう見えない。
山も姿を潜めてしまった。
やっぱり彼女の声に曇りは無く、でも今度は申し訳なさそうに一つ、瞬きをするのが見えた。
「叱咤激励、です」
「先輩、元気ないみたいだったので。でも、その、今日先輩……一回裏からずっと、打ちに行く気なかったんじゃないですか?」
最初のコメントを投稿しよう!