オレンジの憧憬

3/5
前へ
/5ページ
次へ
静かに淡々と過ぎる時間は、嫌いではないけど、今日だけは少し息苦しさを感じてしまう。 試合の疲れと重なって、私の口からふっと溜息が零れた。 「先輩」 やばい、聞こえたか。 彼女は、よく通る澄んだ発声で続ける。 「今日もノーヒットノーランでしたね」 台詞の途中、長い睫毛が空を切って、私の瞳を捉えた。 にこりとも笑わないその眼差しと、冷たく言い放たれた「ノーヒットノーラン」。 「あはは……」 気の抜けた笑い声で、この澄み切った空気を濁そうとする私。 私は、ピッチャーではない。 バッターである私にとってのこの言葉はすなわち……。 さ迷う私の視線は、電線に止まった一羽のカラスのそれとぶつかる。 しかしカラスは鳴きもせず、すぐさまどこかへ飛びさってしまった。 私は小さく息を吸い込むと、立ち止まり、何とか声を出してみる。 「それってどういう意味?」 人通りのない寂れた家路に、いつの間にかオレンジ色の電燈が灯り始めている。 人工的な、目に優しく設計された光が夜道を照らす。 海はもう見えない。 山も姿を潜めてしまった。 やっぱり彼女の声に曇りは無く、でも今度は申し訳なさそうに一つ、瞬きをするのが見えた。 「叱咤激励、です」   「先輩、元気ないみたいだったので。でも、その、今日先輩……一回裏からずっと、打ちに行く気なかったんじゃないですか?」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加