プロローグ

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 隠し部屋。    実にオトコゴコロをくすぐる響きだ。  “秘密”だの“隠し”だのという単語は人を魅了する何物かを孕んでいる。  で、そのロマン溢れる隠し部屋が、なんとウチにも存在することが判明したのだ。  妙な表現だとは思うが、この家は俺たちにとっていわば拾い物みたいなものだ。  諸事情によりこの土地に流れてきた俺たちが、人里離れた森の奥でこの"空き家"を発見したのは、今から約一年前のことだったか。  巧妙な隠匿の術式が施されたこの家を見つけた俺たちは、玄関先に転がっていたいかにも魔術師っぽい服装の白骨を丁重に葬った後、この家を貰い受けることにしたのだ。  が、魔術による隠蔽には強いこの俺でも、さすがに物理的に隠してあったソレには気がつかなかった。  実際問題、ククロが井戸に落ちるなんて愉快痛快なアクシデントがなかったら、底にあった横穴の発見はもっと遅れていたに違いない。  まるで冗談みたいな話だが、魔術師が自分の研究室を隠すなんてのは別段珍しいことじゃない。  で、早速好奇心に任せて入ってみた訳なんだけれど。 「ねえキリー? コレちゃんと痛いかな。夢だったり、しない?」  人の頬を力いっぱい抓りながらそう言うククロの口調は、年の割に冷めていると言っていいだろう。    「ああ、死ぬほど痛い。というか、死ね」  ククロの理不尽なまでに整った顔に手を伸ばしながら、俺は目の前の光景をどう表現すればいいか思案していた。  いかにも魔術師の実験室のようなこの部屋は、事実魔術師の実験室だったんだろう。  地下牢のようなこの部屋においてある品々は、普通に生きていく分には役に立ちそうもないものばかりだ。  部屋の隅に置いてあるでかい鍋なんかいかにもそれっぽいし、その隣のホルマリン漬けのキングサイズなカエルもこの部屋のブキミな雰囲気に貢献している。  ……うわ、目が合った。   「痛い痛い痛い。負けた。降参。僕が悪かった」  千切らんばかりに両の耳を抓っている俺の手をタップするククロ。  で、これが問題なんだが、俺たちは二人とも光源を持っていない。  にも関わらず、俺にはククロの目にうっすら浮かぶ涙が見えているし、瓶詰のカエル氏から飛び出した内臓の色まで把握できる。  ……うわ、目が合った。
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