第一章 引き継がれる意志

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「朝比奈君いいんだ」  堪らず言い放つ教師。確かに朝比奈の言いたい意味は理解する。それが社会のルールといえばそうだ。だが現状、そこまで事態を荒げるつもりはなかった。 「ほら見ろ、センセーが言ってんだ。調子こくのも大概にしろ」  それを知ってか(あざけ)るように言い放つ眼鏡、自分のやり方に間違いないはないと理解していた。 「実際なに常識って? これが常識なのにな」  それは隣に立ち尽くす仲間にしても同じ思いのようだ、呼応して調子づく。 「実際お前、見ない顔だけど誰? 頭おかしいんよな?」 「ホントだわ、ダッセー奴」  ついには腹を抱え朝比奈を馬鹿にするしまつ。 「それが人に接する態度か? 大人を馬鹿にするのはやめろ」  刹那、朝比奈の表情が一変した。躊躇いなく眼鏡の胸ぐらを奪う。  呼応して眼鏡の表情が変わる、愕然とした青ざめた表情。実際彼からすれば馬鹿にした態度ではなかった、彼ら特有の挨拶に過ぎない。 「なにしやがんだよ!」  堪らず仲間が駆け寄った。  しかし朝比奈がその顔面目掛けて裏拳を放った、いきなりなその行為に、蒼白になりその身を止める。   「邪魔するな。今こいつに説教してるんだからよ」  朝比奈の拳は目の前すれすれで止まっていた。震える仲間、力強いその台詞に戸惑った。  一方で朝比奈と眼鏡の睨み合いは続いている。 「なんだよ、殴る気か?」  堪らず言い放つ眼鏡。拳の一発や二発、叩き込まれるのは覚悟した。それだけの気迫を朝比奈に感じた。 「確かに常識ってのは、他人からすれば非常識だよな」  思いがけず響く朝比奈の台詞。意外過ぎるその台詞に朝比奈を見つめる。 「常識ってのは道徳だ。自分のことじゃなく、他人を尊重する優しさ。優しさは自らの為でもあるんだぜ。(すさ)んだ気持ちも、爽やかに洗い流される。きっちりと謝ってみろよ清々しいぜ」  淡々と響く朝比奈の声。  戸惑い朝比奈を見つめる眼鏡。俯き加減に視線を逸らすと教師に視線を変えた。 「すみませんセンセー」  そして言った。 「ははは。やれば出来るじゃん」  朝比奈が握ったその手を離す。眼鏡の束縛が解けた。
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