1608人が本棚に入れています
本棚に追加
「あまりムリするなよ、イチ」
市村が席に乗り込むと、サングラスを掛けた男が助言した。
「夢ぇ、見ましてね」
しかし市村はその台詞には答えない。遠くを見つめて、まるで夢見心地に呟くだけだ。
「夢?」
「飛行機の中でね、陽気のせいか暫しうたた寝したんですわ」
こうしてリムジンは、数台の高級車と警察車両を引き連れて走り出す。
「あの頃の、嫌な夢ですわ」
窓から流れる景色を眺める市村。小春日和の暖かい日だった。遠くの方には都心のそびえ立つビル群が浮かぶ。
「学生の頃か」
「不思議ですわ、最近は夢など見る暇なんてなかった。俺は抗争のただ中にいたから、無我夢中で駆け抜けていたから」
「クッ。あれから三十年だ。あの頃は関東制覇なんて、見果てぬ夢を追いかけてたからな」
「確かにあの頃は見果てぬ夢でしたわ。だが今は違う。俺達は関東はおろか、日本国そのものを制覇出来うる術を持ち得ている」
「そうだな」
夢というのはある意味麻薬のような怖さを秘めている。必死に挑んで苦難を乗り越えてそれを現実としても、空腹感は満たされない。新たな夢に魅せられてそれを求めて挑み続けるだけだから。
強欲で獣じみた言い回しだが、それこそが人間らしい生き方とも呼べるだろう。
最初のコメントを投稿しよう!