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『じゃあ、行って来ます。今日は早く帰るから』
『行ってらっしゃい、気をつけて』
通りに出るまで見送ろうと、夫と共に玄関を出る。
家の前の通りまで来ると、入学式に出るのであろう
小さな身体にピカピカの大きなランドセルをしょって歩く、たくさんの新一年生達と
何組もの親御さんらしき夫婦が通りを歩いていた。
『おや先生、おはようございます』
『井上さん、おはようございます、ユミちゃん張り切ってますね』
声を掛けて来たのは近所に住む井上さん夫妻。
井上さんには、今年小学校に入るユミちゃんという娘さんがいる。
つい、この間まで幼稚園の制服を着ていたユミちゃんは
小さな身体に大きなランドセルを背負い、
どこかすまし顔で誇らしげに見える。
夫と井上さんのご主人は、小学校に向かう新一年生達のランドセルを見ながら目を細めている。
『あの子…小学生になるのを楽しみにしていたから…
あんなに楽しそうにはしゃいで…』
私の隣で井上さんの奥さんが独り言のように小さく呟く。
『そうですね、ユミちゃん嬉しそう』
声に出すつもりでは無かったのであろう奥さんの独り言に、
思わず返事をするように私が言葉を口にした為に
奥さんが私と目を合わせ驚いたように一瞬だけ目を丸くし
次には込み上げる涙と、鳴咽を漏らさないようにハンカチで口を押さえた。
『本当は…満開の桜の下で、あの子の入学式を見たかっ…』
その言葉に顔をフイと上に上げる。
真っ青な青空と私の間にある桜の枝には
まだ膨らみ始めたばかりの桜の蕾が付いていた。
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