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教室は浮き足立った高揚感と緩やかな緊張感で、静かな騒がしさに包まれていた。
2009年3月18日。
この日、都内に粛然と建つ私立の女子校では、卒業式が行われようとしている。
中学受験という波を越え、高校生に至るまでの六年間という長すぎる期間をともに過ごしてきた同朋との別れは、齢18という少女たちにはあまりに実感のないものであった。
そのため、別れの悲しみよりも、大学という新たな出逢いに期待を膨らませ、話に花を咲かせている。
クラスの隅に席を構える一人の少女は、物憂げに溜め息をついた。
矢代由佳(やしろ ゆか)という何とも運のない名に生まれた少女は、教室の喧騒から無理矢理意識を引き離すかのように、窓の外に視線を移した。
本当に運がない。
彼女は進学する度にその言葉を心の内で呟いていた。
どのへんに運がないかと言うと、常に出席番号が一番後ろなあたりに運のなさを感じているらしい。
特に重要でないところにコンプレックスを感じるのは、この年代の少年少女に共通する特徴である。
矢代由佳も然り。
幼い悩みに再び溜め息をつき、彼女の言うところの“友情ごっこ”に励むクラスメイトを鬱陶しそうに、そしてどこか羨ましそうに眺めた。
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