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確かに昔は早く大人になりたいと願っていた。
試したかったのだ。
私一人の力でどこまでできるのか。
それと同時に、焦燥を感じていたのだろう。
大人に守られたこの状態でいいのだろうか?
こんなゆっくりとした緩急のない日常でいいのだろうか?
そんなふうに感じていたのだ。
今ではその、緩やかで温かい平凡な日常こそが、この上なく幸せな場所のひとつだったとはっきりわかる。
窓の外は、憎たらしいくらい晴れ渡っている。
さっきHRをしに教室に入ってきた担任の先生は、晴れて良かったですね、なんて言っていた。
急に、卑屈な考えが浮かんだ。
何が良いのだろう?体育館で行われる卒業式に雨も風も関係ない。
「雨にも負けず、風にも負けず」
不意に頭をよぎった言葉が口をついて出た。
“雨ニモマケズ”。
宮沢賢治の有名な作品だ。
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ 夏ノ暑サニモマケヌ
彼がこの作品を書いたのは35歳のころ。
彼は大人だった。
彼が負けたくなかった本当のものは、何だったのだろう?
大人だった彼が負けたくなかったもの。
大人になる私は何に負けたくないのか?
子供でいたいと願うのは、それに負けないからだろうか?
それとも……子供でいれば、逃げられるから……?
私はそんなに臆病な人間だったのだろうか?
結局、宮沢賢治は勝てたのだろうか?
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