卒業式10分前

3/4
前へ
/12ページ
次へ
確かに昔は早く大人になりたいと願っていた。 試したかったのだ。 私一人の力でどこまでできるのか。 それと同時に、焦燥を感じていたのだろう。 大人に守られたこの状態でいいのだろうか? こんなゆっくりとした緩急のない日常でいいのだろうか? そんなふうに感じていたのだ。 今ではその、緩やかで温かい平凡な日常こそが、この上なく幸せな場所のひとつだったとはっきりわかる。 窓の外は、憎たらしいくらい晴れ渡っている。 さっきHRをしに教室に入ってきた担任の先生は、晴れて良かったですね、なんて言っていた。 急に、卑屈な考えが浮かんだ。 何が良いのだろう?体育館で行われる卒業式に雨も風も関係ない。 「雨にも負けず、風にも負けず」 不意に頭をよぎった言葉が口をついて出た。 “雨ニモマケズ”。 宮沢賢治の有名な作品だ。 雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ 夏ノ暑サニモマケヌ 彼がこの作品を書いたのは35歳のころ。 彼は大人だった。 彼が負けたくなかった本当のものは、何だったのだろう? 大人だった彼が負けたくなかったもの。 大人になる私は何に負けたくないのか? 子供でいたいと願うのは、それに負けないからだろうか? それとも……子供でいれば、逃げられるから……? 私はそんなに臆病な人間だったのだろうか? 結局、宮沢賢治は勝てたのだろうか?  
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加