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「…でもさっき、怒ってたでしょ?」
思わず、えっ、と思った。彼は続ける。
「ぼくが貴方に怪我させちゃったから…貴方怒ってた。ぼくに出て来いって怒ってた」
「へ?」
僕が間抜け面で驚いていると、彼はしゅんと肩を落として俯いた。
「ごめんなさい」
「…これ、君の仕業だったのかい?」
驚いて目を丸くしたまま、頬を指差して訊ねてみる。彼はこくんと頷き、またごめんなさいと言う。
「でもね、怪我させようと思ってやったんじゃ無かったんだよ」
続けてそう言うと、顔を上げて僕の手を引いた。
「こっち」
僕は彼の小さな手の感触にちょっと感動した…というと変態みたいだけれど。あったかくて柔らかい子供の手だったから、安心したというか。得体の知れないおかしな化け物なんかじゃないという確信を持てたような気がしたのだ。
とにかく、彼の手を握ってそんなことを考えながら、連れて行かれるままに森の奥へと向かっていく。
そして辿り着いたのは、聖域とされている湖のほとりだった。僕もまだ2回ほどしか足を踏み入れた事の無い場所だ。
「見て!…この子ね、怪我させられてたんだよ」
彼が指したのは、一匹の小さな狼の子供だった。矢で射抜かれたのか、右後ろ足の付け根が血のようなもので酷く汚れている。怪我はこの妖精の子が手当てしたのだろう、まだ少し腫れていて危なっかしいけれど、よたよたと歩く事は出来る様だった。
「…この子がまた、怪我させられたらどうしようと思って」
彼は困ったように僕と狼の子を見比べている。
「それで、近くを通る人を突き飛ばしたりしてたんだね」
「……ごめんなさい」
本当にすまなそうに謝る様子を見ていて、自然と笑みがこぼれてくる。僕はしゃがんで、彼のさらさらした髪をそっと撫でた。
「いいんだよ。だって君はこの子を守ろうとしてたんだろ?」
「…うん…でも」
「確かに、方法は良くなかったね。だけどね、君は正しい事をしてたんだと僕は思う。小さな命を守る事は、大切な事だ。君がやならくちゃいけないと思った事は、きっと正しい事だよ」
それから、にっこりと微笑んで言う。
「でも、これからは誰かを驚かせるようなことをしちゃ駄目だからね?」
すると彼も、初めて笑顔を見せてくれた。
「うん!」
それはまるで太陽の様な、まぶしい最高の笑顔だった。
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