8人が本棚に入れています
本棚に追加
小さい頃は、子育てとはとても幸せなことだと思っていた。夫婦で仲良く子供を育てていくことは、この上なく崇高なことなんだと思っていた。テレビ番組なんかで、猿や象、犬猫だの様々な動物が群で子育てをしているのを見て、ああ動物も皆人間みたいに愛を持ってるのだなぁとも考えていた。
しかし、その認識は間違っていたのかもしれない。人間は動物達と比べて、他人の子供に対する愛を与える比率が低いのではないかと、最近考えを改めつつある。
ある年の暮れ方のことだ。上京して独り暮らしをしていた姉が急に実家に帰ってきた。大きなお腹を抱えて。目の下にはクマを作り、日本人形のようにキレイだった髪はすっかり傷んでいる。もともと姉は細身なため、その姿は酷く可笑しな様に見えた。
僕も両親も言葉を失った。なんてことだ。まさか自分の家族がこんなことになるなんて。信じられない。
すぐに家族会議が開かれる。しかし僕は参加していない。まだ子供なのだから首を突っ込むなとのことだ。
気性の荒い父は姉をさんざん怒鳴りつけ、時折平手打ちをしようともした。その都度母の止めが入った。姉はただはたはたと涙を流している。僕は姉を責めることも庇うこともできず、廊下からリビングの会話を盗み聞きするしかない。
どうやら向こうでできた恋人の子らしく、相手は妊娠が分かると逃げるように姿を消したそうだ。いいや違う。逃げ出したんだ、それは。
姉は最初、自分独りでも産むつもりでいたため、人工妊娠中絶など考えなかったと言う。しかし、悪阻(つわり)が落ち着いた頃、すっかり体調が落ち着いた時から徐々に不安に襲われた。5ヶ月と少しは体調の維持などに追われ考える暇もなかったのだろう。人工妊娠中絶のリミットである22週を過ぎてから、ようやく独りで育てていくことの大変さが見えてきたのだろう。
遂に、誰かにすがりたくなった姉は結局実家に帰る他無かった。
話を一通り聞き終えた僕は言い知れぬ恐怖に包まれた。これ以上姉の口から不吉な言葉が溢れてくるのが怖くて、僕は自室に逃げ込むと布団を目深に被り、早鐘を打つ心臓に泣きそうになりながらも無理矢理に眠った。
最初のコメントを投稿しよう!