1331人が本棚に入れています
本棚に追加
はじめのペダルを踏む力がだんだんと強くなり、速くなっていく。
それに従い、当然自転車の速度も速まっていく。
「俺さ、小さい頃に父さん死んだんだ…」
立ちこぎするはじめの腰を後ろから掴む水樹に、はじめは突然言い出した。
水樹は何も言わず、ただはじめの言葉を待った。
「だからもう…母さんを悲しませたくなかった。
父さんが死んだとき、俺母さんに何も出来なかった…何も…何も…」
「……緒方君」
「だからかな…中学生の時まで父さんに縛られて野球をやっていた気がした。
もちろん野球も好きだった。父さんと俺が唯一繋がっていたものだと信じていたから。
だから…結果ばかり求めて野球やるのに疲れたんだよ、俺」
キィー!!
突然ブレーキを強く握った。
誰もいない田舎町、はじめと水樹しかいない。
「だけど今は…甲子園を目指している今の野球が大好きなんだ。
もちろんまだ見ぬ明日に何があるかなんて知らない。
だけどどんな結末が待っていようと、俺は今やっている野球に全てを注ぎたいんだ。
いつの日か、君が心から笑える日が来るまで………」
はじめの誓いにも似たその言葉は、夏の夜空に強く響いた。
もちろん水樹の心にも強く響いたはずだろう。
緒方総一郎。
かつて小さな野球少年は美波という女性を愛し、野球と愛情を自分の人生に注ぎ込んだ。
そして彼の死後から十年経った。
彼の意思と想いは息子・はじめという夢へと受け継がれた。
最初のコメントを投稿しよう!