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【物見櫓にて】
ビュウッ―――
何度目かの、強い風。それに伴って生い茂る木々はざわめき、葉を散らしていく。
たまに砂粒のようなものが顔にチクチクとあたるがその感覚も、張遼は好きだった。
昔から戦場では物見櫓に登り、こうして景色を眺めるていた。もはや習慣と化しているようなものだ。
もちろん、人払いは済ませてある。(というよりも、向こうが逃げるのだが)
景色を見て特に何かを思うとかそんなことはないのだが、此処にいると、面倒なことが少なくて済むのだ。
会話何てものは、面倒なことの筆頭だ。此処に入ればめったに人は来ない。来たとしても、兵卒かそこら辺だろう。そして、兵卒には張遼に話しかけてくるなんて馬鹿なものはいない。
冷たい風に吹かれていると、余計な思考も消えていく。
心地よかった。
「おい」
……。
嗚呼……よりによってもっとも面倒なのが、来てしまった。
振り向かずとも分かる、低く掠れた声。
振り向かずとも分かる、低く掠れた声。
「……何か御用ですか。夏侯惇殿」
夏侯惇だった。
魏に降った張遼に、曹操を除いて、一番最初に話しかけてきたのも夏侯惇。何かと気にかけているのか、よく話しかけてくる。
一言二言しかさない張遼を相手に、よくもまぁこう話しかける気になれるものだと呆れを通り越して感嘆もしてくるが。
それにしても良く此処が分かったものだ。誰にも、言伝などしていないというのに。
「お前が此処にいると、小耳に挟んでな」
ドンピシャなタイミングで言われる。
丸で自分の考えていることが筒抜けのようだ。……こういうところも、不快だった。
「どうだ?魏には慣れたか?」
何度目の質問だろうか。毎回毎回、聞いてくる。
いい加減こちらもうんざりしてくるものだ。
「ええ、お陰様で」
少し皮肉を込めて返してみた。お陰様で、など。此方から遮断しているのだからありえないことだ。
だからといって彼は怯んだりはしないだろうが。
「お前、もしかしていつも居るのか?」
物見櫓に?
「はい」
「何してんだ?」
「何も」
「そうか」
返す言葉はいつも一言。まぁ、コレは夏侯惇だけに対してというわけではないが。
軽く流す張遼の相手をするのに既に慣れたのか、夏侯惇は顔色一つ変えなかった。
全く、放っておいてくれればいいものを!
憎々しげに一層眉間に皺を寄せて、木々を睨みつけた。
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