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【武将と、書庫と】
違う。
これも、違う。 これも、これも、…違う。
書物を少し開いては落胆し、次の書物を手に取る。
一刻はたっただろうか。一向に目的の物は見つからず、同じ動作を繰り返してばかりいる。
嗚呼、この場所は性に合わんというのに目的のものが見つからなくては来た意味がない。
そもそも、自分が常日頃存在する場所は暑苦しい、鍛錬場だ。こんなに静かで書物ばかりの書庫に自分がいること自体がおかしい。
書は嫌いではないが、陽の光のない狭い室にここまで大量にあると眩暈がしてくる。
全く、何故どこに置いてあるだとかを言わなかったのか。従者にやらせればいいものをわざわざ俺にやらせよって。
段々と苛々が積り、こめかみを押さえた。 頭が痛い。
「……将軍?」
大きくため息をついたとき、後ろから声をかけられた。
「司馬懿か…!調度いいところに…!」
良かった、自分よりも随分とこの場所に手慣れた奴が来た…と、夏侯惇は安堵した。ようやく、この場所から出ることができそうだ。
当の司馬懿はというと、書物に埋もれた夏侯惇をさも珍しいものでも見るかのようにジッと見ている。
「珍しいですな。こんなところにいらっしゃるとは」
「ああ…孟徳に書を持ってくるように頼まれてな。一向に見つからん」
もう一刻もここにいる。、とほとほと困り果てた顔をして溜息をついた。
「どの書です?」
その様子に見かねたのか、司馬懿は手を貸してくれるようだ。
書の内容を伝えるとどこにあるのか分かるのか、「…ああ…」と声を漏らして書庫の1角に直行する。
「どうぞ」
「…あ、ああ。すまんな助かった」
あっという間だった。中身もちゃんと合っている。
手慣れたもんだ、と感嘆さえしてしまう。さすがは文官というだけはあるか。
「礼には及びませぬ」
いつもの薄い笑いをして、軽く一礼して司馬懿は戸のほうに向かっていく。
「それと、将軍にこの場所は似合いませぬ」
笑みと共に。
そう言い残して、司馬懿は廊下に消えていった。
パタン、と戸の閉まる音がして、夏侯惇は我に帰った。
「…似合いませぬ」
あまりにも、らしくないほどに綺麗な、
「……あいつも、あんな風に笑えるんだな」
思い出し、薄く笑いながら夏侯惇は書庫を後にした。
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